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2017-02-09

スタッフブログ, プライベート

上京までの、ひと悶着

新潟市中央区 ラブラ万代4F
トニーアンドガイ新潟サロンblog

堀田です☆
さてさて、「その話はまた今度」のまた今度、のお話をさせて頂きます(^o^;)

「そうだ!東京へ行こう!」

と決めててから、地元で働きながら、都内の求人情報紙を見ながら、仕事探しが始まりました。
何冊か送ってもらった求人情報紙の中で、一発で目がとまったのが、トニーアンドガイジャパンのページでした。
一頁丸々掲載されていて、そこに載ってるトニーアンドガイの作品というか、モデルさんのヘアとか、「チョーカッコいい!」と目を奪われたことを今でも覚えています。
当時、これから新たに広尾サロンがオープンしますということで、受付(レセプション)の募集も同時にされていました。
ホテルのフロントで働いてたし、事務も経験あるから、美容室の受付だったら出来そうな気がする~と、そんな気持ちで履歴書を送りました。
ちなみに、勤務先が青山、原宿、広尾の3店舗から希望勤務先を履歴書に書いて下さいとのことでしたので、私は迷わす原宿を希望!理由は単純で、青山は大人なイメージ、広尾はどういうところか分からない(土地勘もなかったし)、原宿は若い子達が集まる街ってイメージだし、原宿かな~と。

そしてついに面接日、朝一の飛行機に乗って東京へむかいました。
筆記試験が終わり、お昼休憩、その後一人ずつ面接。面接に入る前に「受付希望の方にご連絡ですが、今回は新しくオープンする広尾サロンと、青山サロンの2店舗で考えておりますので」と説明がありました。
「えーー!私、思いっきり原宿サロン希望って書いちゃっんですけどー( ̄▽ ̄;)」と、ちびまるこちゃんでいう、あのたて線がひたいを通過していきました(^o^;)

いざ、面接が始まると、先代の雑賀先生、そして都内店店長方3名、合計4名の面接官の方がいらっしゃいました。
「佐賀県にもトニーアンドガイがあるの知ってる?」と先生に聞かれ(当時はあったんです)、「すみません、、、知らなかったです」と正直に答えました。とういか、私、トニーアンドガイのこと、なーんにも知らないまま、何の情報もないまま採用試験に来てたんですよね( ̄▽ ̄;)
周りのみんなは東京在住で、いつでも働けますっていう人たちばかり。
かたや私は、まだ地元で仕事してるし、都内にお家もないし、今すぐ働くことは出来ないし、、、終わった、、、私の東京生活はこないな、、仕方ない、、またチャンスがくる!その時また頑張ろう!そんな気持ちで東京をあとにしました。

が、ラッキーなことに、採用のお電話頂いて、そこから色々と問題が、、、。

実は私、東京に行きたいことも、そのために東京まで採用試験を受けに行くことも家族に話していなかったんです。
うちの両親はきっと反対すると思ってたし、ただやみくもに東京に行きたいと言っても納得させられない。だから、仕事もお家も自分で探して、両親には何一つ手伝ってもらわずに、一円たりとも出してももらわずに、自分の力で全部準備して行けば、きっと何も言われないだろうと、そう考えたのです。

しかーし、そう上手くは行きませんでした。
母の怒りが頂点に達し、今まで生きてきた中で1番といっていいくらい怒られ怒鳴られ、本当に気持ちを落ち着かせるのか大変でした。
母がそこまで怒るのも無理はありませんね。
私が物心ついたときから何でも話せる親友のような関係でしたし、昔から体が弱かった母を私が守っていかなきゃと思ってましたし、子供の中で私が1番、母と近い距離にいたと思います。
東京へ行くことは寂しいけど、それ以上に事前に何の相談もせず、勝手に決めてしまったことに対して、怒りと寂しさが込み上げてきたのでしょうね。
あんなに愛情を注いでくれていたのに、1週間位、口もきいてくれない、ご飯も作ってくれない、けれども東京へ上京する日は刻一刻と近づいている。そんな日々でした。
父も、娘が東京に行くなんて絶対に賛成ではなかったと思うけど、なんせ母の怒りが凄すぎて、「みきが決めたことだし、お父さんは応援するよ。でも、お母さんの気持ちもくんでやれよ。」と、台所にたつことなんてほとんどなかった父が、おにぎりを作って私の部屋に持ってきてくれました。泣きそうでした。

そんなこんなで、上京するまで色々ありました。
だからこそ、そう簡単には帰れない。
ちゃんと自分がいた証というか、結果を残さないと、家族の反対を押しきって、家族に寂しい思いをさせてまで上京してきた意味がないし、家族に顔向け出来ない。

そういう気持ちで、東京へ旅立ちました。
福岡空港までお見送りにきてくれた家族の前では笑顔でいたい。
今にもこぼれ落ちそうな涙を必死にこらえ、笑顔で行ってきます!と家族に伝え、飛行機の中で思いっきり泣いたこと、忘れません。

また、自分が親になった今、あの時の両親がどんな気持ちで私を送り出してくれたのかと思うと、、、感謝の気持ちで一杯です。

なんだかしんみりしちゃいましたね。すみません(>_<)

あの時一歩外に出たから、今の私がありますし、両親の元を離れて初めて、本当の意味で親の有り難みが分かりました。

「いつまでも いると思うな 父と母」

生きてる内に、親孝行しないとですね!

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